2019年4月アーカイブ

時代

                宮崎営業所 宮崎園材 日高

今日は平成31年4月22日 月曜日

もうすぐ新しい年号 "令和" の始まりです。

前回 昭和から平成に代わる時は、ただただ悲しみの中で変わったので、

今回は何だかわくわくしますし、神妙な気分にもなります。

 

今年は西暦では 2019年 ですが

皇紀では 2679年 になります。

(西暦に660年足すと覚えてください。)

 

昭和・平成だけでも色々なことがあったのに、

良いこと、悲しいこと全部受け入れて、

長い、ながい歴史の中に 今、いるんですね。

 

新聞に書いてあった一文ですが、

「令和が始まってもそこにはまだ何もない、ただ令和という入れ物があるだけである。
そこに、その時代の出来事が詰まっていく。」とありました。

それが、これからの歴史の一つになっていくんですね。

 

どうか良い出来事が、沢山詰まっていきますように。

 

 

なんだか真面目な話になってしまいました。

                         今回はこれまで

グッバイ平成 

5月1日、「令和元年」が始まり、「平成」が終わる。


新元号発表後、「令和」の考案者探しが記事になっているが、

「平成」の考案者も同様に、当時はマスコミに探られていたようだ。


「平成」の考案者が、安岡正篤氏であることを書いた記事がある。


「昭和天皇の逝去に伴い改元された現在の元号「平成」は、

陽明学者の故安岡正篤氏が考案し政府に提出したが、安岡氏の死後、

山本達郎東大名誉教授が再提出し、新年号に決定された。」

と、平成7年に歴史の新事実として新聞報道されている。


時は流れて、今年1月21日の毎日新聞は、

平成時代完結の年に当たり、「平成考案者は誰」という見出しで、


「当時(平成2年)の竹下登元首相の証言によると

いつか昭和が終わったら次は平成というのはどうだろう? 平和が成り立つという意味だ。と、

生前、安岡正篤氏が平成の元号を考案したことを紹介されていた。」

という記事を出している。



安岡正篤氏の元号に込める思いとは何だったのか?


この元号の典拠は中国古典

「史記」の「内平らかに外成る」と、
「書経」の「地平らかに天成る」から採られたとされている。


「地平かに天成る」から始まる一節は

「六府三事に治り、万世永く頼る、は時れ及の功成り。」が後に続く。


安岡正篤氏は、昭和20年太平洋戦争終戦の日の終戦詔書(しょうしょ)の原案に関わった人でもあり、「万世永く頼る」を採り入れていた。


*耐え難きを耐え忍び難きを忍び以って「万世ノタメ二太平ヲ開カムト欲ス


意味は

「この戦争は万策尽きて終えるものではない。

天地の心・真理に照らして、最善の策として、永遠の平和のために集結するのである。」


安岡正篤氏の「平成」に込めた思いは

「天地、内外共に平和が達成される。」

ことであった。



先日の天皇退位に向けての記者会見で

「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵している。」

と天皇陛下が発せられた言葉が印象的であった。


平成の時代があと15日で終わろうとしている。
平和ではあったが、災害の多い30年だった。
令和が、経済が大きく循環し、国民皆が幸福を感じられる時代になることを大いに期待したい。


「昭和」から受け継いだものを「平成」へ
そして「平成」から受け継いだものを「令和」へ、
新元号が終わる時代までどのようなものになるかを楽しみたいと思う。


                        会長  鮫島 恵



*「史記」
史記』(しき)は、中国前漢武帝の時代に司馬遷(しばせん)によって編纂された中国の歴史書である。
日本でも古くから読まれており、元号の出典として12回採用されている。 

*「書経」
書経』(しょきょう)は中国古代の歴史書で、儒教の重要な経典である五経(易経・詩経・春秋・礼記・書経)の一つでもある。

自治会

             宮崎営業所 宮崎園材  池田

昨日、自治会(常会)の集まりがあり、今年の方針、行事計画の話がもたれた。

我が常会(組)は、13家庭しかない小さなものだが、さまざまなタイプの人、家庭があり、

意見、考え方もさまざまで、なかなか一体化するには難しい面がある。

今年は私が、新組長で一年間頑張らないといけない。

今年は常会を脱退する家庭が3家庭、脱会しないが行事には参加しない家庭が3家庭。

社会の今の状態を反映しているようで自分中心というか、人の事には関心がないというか・・・

今の世の中は昔と違って、他人との関わりがなくとも生活できる便利さが逆に人との関わりを遠ざけているのではないかと思う。

生活が便利になること、デジタル的考え方、情報の多さが悪いのではなく、それを使う人間の方に問題があるのかも。

昔は生活上、近所との助け合いが必要で生活の一部になっていた為に、生きる心が自然と育っていく環境にあった。

人は人の為に生き、その喜ぶ姿を見て自分も幸福感を得る。家庭も同じで社会の為に家庭があり、社会が良くなることによってその家庭も幸福になると思う。

自治会は家と家をつなぐ役割がある。

我が家の平成史

                                                                                                                                                  本店     河島節子
たまたま時代の節目の4月1日が「なんでんかんでん」の当番になり、自分なりの平成を振り返ってみることにした。

 平成30年間、長いようで過ぎてしまえば瞬く間という感じである。

私にとっては波瀾万丈と言えばそうかもしれないが、

有り難いことに人間は忘れる事が出来る。
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特に私はそれが強いらしい。    歳を取ると昔の事は良く覚えていて、

今のことを忘れるらしいが、私は都合の悪いことだけではなく、

良いことを忘れているので、子供達には許してもらっている。(念のため、認知症ではありません。)


この忘れ性の私の中で強く残っているのは、身近な人達との永遠の別れである。

最初はおもうだけで胸が苦しくなっていたが、月日が経つにつけて、その人達との楽しい思い出だけが残っている。


そして私にとっては大きな喜びと試練を与えてくれた子供達との成長の日々。
55935612_1414910318647976_8275622717705682944_n.jpg©中武利仁




平成元年  長女中学2年、長男小学6年、次男小学3年、次女3歳。   その次女も今は結婚して三児の母である。

婿、嫁、子供達、家族が増えていったことに30年の重みを感じている。




新しい元号が「令和」に決まり、新たな時代への幕開けである。

若い世代にとって、良い時代になってくれることを願わずにはいられない。