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さめこめ!鮫島産業女社長のブログ

2016/12/27喧嘩両成敗

 
 喧嘩両成敗とは


「喧嘩をした者は理非を問わないで双方とも処罰すること。」


つまり一方だけが悪いとはいえない

ということだ。


「人の悩みはすべて対人関係」 とアドラーは言っているが

その本質は何か?


人間が、犬や猫と言い合いになることはない。

人間だけがもつ 「エゴ(自我)」が

そうさせるのではないだろうか?


人間同士の様々なトラブルは

どんな理由であれ

「自分の非を認めない」 ことから生じているということだ。


人はなかなか自分の非や欠点を認めたくない生き物だ。

だからこそ

努力してよりよく自分を高めたいと思う生き物でもある。


しかし

衝突や対立、嫌悪や憎悪、不信や不和などを放っておくと

歪んだ思考になっていく場合があるので

気を付けなければならない。


それには、とことん対話が必要だ。


ところが人はたいがい

「私は正しい.」 と思う心が先に立ち

相手の立場に立ってみることをあえて避け

自分の非や欠点を認めることを拒んでしまうようだ。


何故なら相手を責めることで

自分の立場を有利にしようとする無意識の自己防衛があるからだ。

自己防衛といえば聞こえが良いが

それは驕(おごり)や傲慢(ごうまん)であることにも気づかなければならない。


その上、心の奥底に

「今の自分を変えてさらに成長したい!」

という思いも持っている。


だからややこしい。



先日

「職場での社員同士の言い争いにどう対応したらよいか。」

という相談を受けた。


会社の発展や顧客のために発生するものであれば

むしろおおいにやるべきである。

しかし

相手のことを責め立てるだけのやり合いは

周囲にとっても

迷惑以外のなにものでもない。


まずは相手の言い分を受け入れ、自分に非はなかったかを考え

それを認めた上で

自分の考え、思いを伝える意志と努力が不可欠だ。


常に相手に不平不満がある人は、今一度自分に目を向けて

「私は悪くない」 と思わず、 「私も悪いかもしれない」 と思ってみたら

その時から心が楽になるはず。


アランの幸福論に

「人は幸福だから笑うわけではない

笑うから幸福なのだ。」

という言葉がある。


自らが 「和解」 という行動を起こさなければ何も変わらない。


どんなにぶつかってもいい。

和解につなげる努力をしてみよう。


それが出来たら次に

その人と出会った意味を考え感じ取る力を磨いていけるといい。

人は人とぶつかり合いながら成長するのだが

いつまでも衝突を繰り返しているのって 変じゃない?

と気が付いた時こそ、自己成長のチャンスあり。


いずれにせよ

幸せの鍵を握るのは

「相手の立場になって自己を省みる。」

に尽きる。


その結果

「良い人間関係」が構築されるのだ。



今年もあとわずかとなりました。

沢山の人々にお世話になり深く感謝申し上げます。


今月の弊社の社内木鶏(読書会)のテーマは

「利他に生きることで魂は磨かれる」

でした。


「人が喜ぶことを自分の喜びとする」 精神で

社員一同、仕事を通して魂を磨いていきたいと思います。


来年も宜しくお願い申し上げます。



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