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さめこめ!鮫島産業女社長のブログ

2013/08/23サハリン

9月に東京へ行く予定が入った。

連休があるのでその日の前後数日間を
東京市場視察と決め込んだ。

それではと、安いうちにチケットを入手するためパソコンに向かったその時
知人の経営者から電話が入った。

「サハリンへ行きませんか?」

日程がちょうどその頃だったので即答で
「行きます!」
と答えた。


しかし何故 「サハリン」??

北方領土ではない。 
もちろんサハリパークでもない。
北海道の上の方にあるあの細長い島
旧樺太である。


「サハリン州産業視察訪問」

企業が集中しているユジノサハリンスク市で
マンション建設現場や
日本企業が造っているエネルギー貯蔵基地や
大型ショッピングモール等の視察や
政府関係者からロシア市場の現況説明などがあるらしい。
勿論、オホーツク海や白樺など自然観光やロシア料理も組み込まれている。


誘ってくれた経営者の方が関わっている事業があるからこその
なかなか体験できないツアーである。

総勢13名となった。


「行きます!」
と即答したのにはもう一つ
理由があった。

母方の父親が昔
「樺太で製紙(パルプ)事業をしていた」
と母から聞かされたことを思い出したからだ。

経営者になった今、祖父の事業への取り組みなどに興味が湧いた。
早速母に祖父の事を聞いてみると

その事業で財を成し戦後本州に引き上げてから秋田県の地元に
港を造ったり、学校を整備したり、図書を取り寄せ文化を育てた。
のだそうだ。

いい人でよかった。

そういえば、母の実家には大きな蔵があったが
実家を継いだ母の弟から「家を新築するからすべて処分して良いか?」と母に連絡があった時のことを思い出した。


今ではすべて処分してしまってどんなお宝があったのかは定かではないが
さぞ興味深い品々があったことだろう。  あ~あぁ。。。


母の記憶をたどり調べるうちに
祖父が営業所を設けてまで仕事をしていた樺太の地域が判明した。

その場所には「日本人絹パルプ敷香工場」という会社が廃屋のまま残っていた。

製紙(パルプ)会社といえば
日本資本主義の父といわれる渋沢栄一が「王子製紙」を創り
甥の大川平三郎が「樺太工業」を創り
もう一つの大手製紙会社である「富士製紙」と3社が合併をし
現在の王子製紙株式会社となった。
その後、王子製紙が全額出資をして
「日本人絹パルプ敷香工場」を
創っていた。

祖父の生きた時期と働いていた場所がマッチするので
おそらくこの工場に関わりがあったのだろうと推測できる。


今回の旅程にはその場所「敷香」を通ることはないが
経営者であった祖父が営業所まで設けて事業をしていたところに近づけるのはうれしい。



ところで

生きている間に両親とその両親までは会うことは不可能ではないが
いづれかが短命であれば
会うことは難しい。

私には
父方の祖父母の記憶はあるが、母方の祖父母には会うことはなかった。
その生き様を知るにはもうすでにその兄弟もこの世にはいない。

自分自身がいろいろ体験経験をし、いろいろなことが見えてきた時に興味が湧いても
教えてくれる人はすでにいないのだ。



先祖を10代さかのぼって計算してみると
私が今この世に存在するのに1024人の係りがあることになる。

それぞれがどこに住んでいて何をしていたのか知ることが出来たら
経営をする上でも人生を学ぶ上でも随分と貴重なものとなるだろうに。


さてそれならば
東京都本郷生まれの父方の祖父も地元で事業をしていたと聞いていたが
どういう仕事だったのだろうか?


しかしそれを教えてくれる父はすでにいない。






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