絶対的な善:庭・ガーデニング・植木の造園業者紹介サイト お庭の匠 

お庭の匠一覧へ
ギャラリー一覧へ
トップ >> さめこめ!鮫島産業女社長のブログ >>絶対的な善
 

さめこめ!鮫島産業女社長のブログ

2011/02/01絶対的な善

「善」と「悪」について考えてみた。

何を基準にして

これは「善」

あれは「悪」

と思うのかを考えていたら

 

案外

自分というものを中心に考えていることに気づく。

 

自分に都合の良いこと、自分に好ましいことを

「善」といい

自分に都合が悪いこと、自分が嫌いなことを

「悪」という

 

そしてそれは

「相手によって変わる」

ということにも気づかされる。

 

親切にしてもらうと あの人は 「いい人」

冷たくされると  あの人は 「悪い人」

  

自分の都合や好き嫌いで入れ替わることもある。

 

 

会社でいえば

儲けを与えてくれることは「善」

損害を与えられることは「悪」

 

国でいえば

尖閣諸島問題で

船長は自国へ戻って「英雄」になった。

中国では「善」で

日本では「悪」である。

 

でも、どうなの?

 

こころに引っかかっている人は多いと思う

何故なら

絶対的な「善」ではないからだ。

 

それでは

絶対的な「善」とは何か?

 

それは人としての「道」にある。

道義、道理、仁義、人道、理(ことわり) にかなっているかどうかだ。

 

「善」は

時代や民族や立場に関係なく

変わらない絶対的なものであるはずなのだ。

 

 

 

事業をしていると

「会社には利益になるが、道理にかなっていない」

「会社には損になるが、道理にかなっている」

その選択を迫られることが時にある 

 

私のその判断基準は

「利益」でなく「道理」にある

 

 

パチパチパチ。 

 

 

しかし

事業というものは

社会に必要とされるものでなくてはならない。

利益が上がらなけらば発展しないからだ。

 

だから

必要とされる事業には

利益を第2に考えればよい。

 

絶対的な「善」であれば

利益はおのずとついてくるものだ。

 

 

 

ページトップ
 前のページへ:本物 次のページへ:生老病死