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さめこめ!鮫島産業女社長のブログ

2012/11/13霧島へドライブ

他県に住む知人で

神社仏閣を こよなく愛する 人がいる。

 

先日、鹿児島に仕事で立ち寄られ

時間があるというので

「どこか行きたいところはないですか?」

と、お尋ねしたところ

「霧島神宮へ一度行ってみたい。」

とおっしゃった。

 

それでは!

というわけで私の

「独断と偏見1日コース」

でお連れすることになった。

 

鹿児島中央駅10時にお迎えし、霧島へ向けてGO!GO!

 

まずは

神宮までの道すがら

「嘉例川(かれいがわ)駅」で

百年の木造駅舎のレトロ感を味わい

 

次に

丸尾の滝近くの「霧島温泉市場」で

小腹が空いた時のためにと

おいしそうな地元の食べ物をゲット。

 

そして

今回の目的である霧島神宮へ向かった。

 

 

車から降り

参道へ向かう階段を昇り切ったところで

霧島神宮の全貌が視界に入った。

 

知人の歓喜の声が静かに漏れ聞こえる。

 

きっと

神様の温かい息が全身を包み込んだに違いない。

つられてこちらも温かくなる。

 

 

参拝後、近くにそびえ立つ

樹齢800年の御神木が

「よくいらっしゃいましたね。」

とやさしく語りかけてきた。

 

 

昼食に

宮崎県の高原(たかはる)町にある

蕎麦処「みやなが」 (鶴べいの「家族に乾杯」でも紹介されたところ。おススメ。)

で美味しいそば定食を食してから

次の目的である狭野神社 (日本を建国した初代の天皇である神武天皇生誕の地)

へ向かう。

 

狭野神社は

うん十年前に、雅楽の生演奏で結婚式を挙げた想い出深い場所。

 

出掛けぎわに

当時の白無垢姿の写真をバックの中にしのばせてきた。

 

知人に

「ほら、ここでこんな風にこんな感じで。。。」

と セピア色の写真をお見せし

「いや~お美しい花嫁さんですね~」

と無理やりお世辞、否、本当のことを言わせて

いい気分になりながら

二礼二拝一礼で神様に

「お久しぶりです。その節はありがとうございました。」

とご挨拶。

 

 

最後に

霧島神宮・古宮跡(天孫降臨の伝承地 高千穂河原)

へ向かう。

 

緑のカーテンからキラキラ輝く

木漏れ日シャワーを浴びながら

まさに母親の産道をくぐるがごとし

天へ導かれるように聖地へ到着。

 

車から降りて5分程向かったところに

手の届くような高千穂の峰が出現。

感動で声も出ず、二人ともしばしの沈黙。。。

 

1400年前までここに存在していたというのだが

人々はどうやってここまでやってきたのだろうか。

いろいろな思いをめぐらしながら感傷に浸る。

 

 

少し残った時間で

高千穂牧場で

名物のソフトクリームを食べながら

再び霧島連山を眺め

美しい山と神々への別れを惜しんだ。

 

お約束の

ジャスト5時30分に鹿児島市内に無事にお届けし

別れた。

 

 

天気は 最高

時間も バッチリ

食事も グッド

車中での会話も

ウイットに富んだダジャレや真面目な真理、哲学話に花が咲いた。

 

とても学び多く

実に楽しい時間となったのは

知人の「人徳」によるものだろう。

 

どこへお連れしても

「感動の喜び」を素直に身体と言葉で表現されるので

案内人冥利に尽き

幸せな気持ちにさせていただいた。 

 

 

ところで

 

鹿児島県と宮崎県は神話の里であることは良く知られている。

その地域にいながら

このように誰かをご案内しない限りは

尋ねることもなく知ることもなく勿体ない話だ。

 

特に

霧島神宮・故宮跡の「天孫降臨伝承地(高千穂の峰)」といえば

日本の建国の由来を書いた「古事記」に出てくる地である。

我が国がいつどのように出来たのか

という疑問に答えるために書かれた書であるというので

これを機会に一度はじっくり読まねばならない。

 

古事記を読むと3つの価値観が分かるという。

 

1.自然観  日本人は大自然をどう捉えているのか。

2.死生観  人はどこから来てどこへ行くのか、人生とは何か。

3.歴史観  日本とは何か、日本人とは何か。

 

霧島神宮故宮跡にある「天孫降臨伝承の地」

高千穂の峰に降臨した天照大御神(アマテラスオオミカミ)は

太陽神である。

何故なら 

古代日本人は

生命の根源が太陽にあることを経験的に知っていたからだ。

 

自然の原理を考えてみると納得させられる。

 

太陽の熱により、大気の循環が生まれ

地上に雨をもたらし、土壌の微生物を育て

その養分を根から吸収して植物が育ち

その葉は光合成によって有機物(堆肥)となり

動物はその植物を食べて生きていく。

 

すべての根源はまさに太陽にある。

 

さらに興味深い話は

 

天照大御神の弟である須佐之男命(スサノオノミコト)が

鼻、口、尻、から食材を出して料理した

大気津比売神(オオゲツヒメノカミ)を殺してしまった時

 

「その屍の目から青い草が生えて見る見るうちに穂が出て黄色くなり稲となり

耳から栗、鼻から小豆、腹から麦、足から大豆、頭から蚕が生じ

生き返ったオオゲツヒメノカミがこれらを集めて種としスサノオノミコトに持たせた。」

と書いてある。

 

これが五穀の起源とされているのだ。

 

これは

排泄物が大自然に還り

また食べ物になるという

食物連鎖の仕組みを

示している。

 

古事記では

神様とは大自然のことである。

そしてその神の子、子孫が

人であるとされているわけだ。

 

つまり

大自然から生まれ

大自然の恵みによって生かされている存在であり

大自然に感謝を捧げながら生きてきたのが

日本人ということだ。

 

その一方で

大自然は

災害などで人々を苦しめてもきた。

 

東北大震災の被害にあった方々の多くは

大自然の恵みに感謝しながら

大自然を畏れてきた。

 

不条理なこの事実を

自然に受け止めている姿を

報道などで見聞きすると

 

大自然との付き合い方、自然への畏敬の念や礼儀というものを

しっかり継承してきているのが

日本人なのだと感じる。

 

その根底には

自然を神としてきた思想があるからだろう。

 

 

 

帰りの車中で

天災で亡くなった人、生き残った人を想い

「幸せってなんだろう。」

「亡くなった人が不幸で、生き残った人が幸福だ と云えるのだろうか。」

という話になった。

 

 

その時知人が

「神は不条理で無自性だからね。」

と答えた。

 

なんとなくわかったようなわからないような

でも、感覚で互いに納得したが

 

その言葉を改めて考えてみた。

 

調べると 

「神の不条理は公平であり

全ては生滅し変化する「無常」なものである

永遠不滅な本体など無い。」

と書いてあった。

 

 

「無自性」は空(くう)である。

すべてのものは実体がない

のだ。

 

。。。

     ますます混乱 。。。

 

 

結局 

神が自然だとすると

自然から生まれ、大自然の恵みによって生かされている存在である我々人間は

どのような状況になっても

「幸福だと思うこと」 が重要なのだという

結論に至った。

 

 

我々が出会う存在は

「縁」によって

複雑な関係を結びながら

相互依存しあって

事物や事象が関係的に成立していくのだ。

 

「幸福だと思うこと」 は

良い縁の係わりをもっている

ということになる。

 

つまり 

誰に会い、誰と語り、誰に学ぶかが

とても大事なことであり

自らが引き寄せることも出来る

ということなのだ。

 

 

後日

知人がメールにて

日本の医学者である平澤興さんの名言を送ってきた。

 

「すすむべき道は一筋

世のために

急ぐべからず

誤魔化すべからず」

 

 

 

私も平澤興さんの名言から

お返しをした。

 

「今がたのしい。

今がありがたい。

今が喜びである。

それが習慣となり、

天性となるような生き方こそ

最高です。」

 

 

 

さて次回はどこへお連れしようか。 

 

 

 

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